音というものは...

April 15, 2017

音というものは目に見えない捉え所のないものだけれど、音楽になると何かの印象や具体的な情景、景色、あるいは温度や色、手触り、匂いなど様々なイメージになって私たちに訴えて来ます。

頭の中にそれらのような刺激がやってきて、それを楽しむというのがわりとよくある事ですが、物凄い演奏に出会った時は、自分自身がそのイメージの中に放り込まれたような感覚がしたものです。

 

木越先生が福岡でレッスンをされるようになって、初めてその音を聴かせて頂いた時は、なんて立体的なんだろうと思いました。音が立体的だなんておかしいですが、そこには「時間」というものが関わっていて、すでに鳴った音(過去)今鳴っている音(現在)次に鳴ろうとしている音(未来)が重なり合って立体感を作るのかしらと思います。

木越先生はチェロを弾きながら、部屋の中のどこに音が溜まっているのかわかるそうです。

コウモリみたい。

それでいつも演奏会のリハーサルでは、音楽ホールでも小さなサロンでも、入念に音だしをされるのですね。

まだまだ私はその域には達していません。

 

とりとめなく書いてしまいますが、

音楽で使われる音といえば、まず声。そして楽器。

多くの音は始まりがあって終わりがあります。声や管楽器は息が尽きるまで。

打楽器やピアノの音は減衰していき、弦楽器は長くは延ばせますが一弓という限りもあります。

放物線を描くようなイメージ。

ところが永遠に果てしなく光のように伸びて行く音を持つ楽器があります。

オルガン。

そのことを考えるとき、宮沢賢治の「告別」という詩を思い出します。この宮沢賢治が自分の弟子にあてた詩の最後はこんな風にむすんであります。

 

ーもしも楽器がなかったら

いゝかおまへはおれの弟子なのだ
ちからのかぎり
そらいっぱいの
光でできたパイプオルガンを弾くがいゝ

 

空いっぱいのバイオリンでもなくフルートでもなく、パイプオルガン。

雲の間から光が放射される様もパイプオルガンみたいですよね。

 

 

 

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